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「国葬」||バイト-LINK.com (05/29update)

国葬 wikipedia|無料辞書

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ロナルド・レーガン元アメリカ合衆国大統領の国葬の一こま。ワシントンD.C.内を運ばれる棺
国葬(こくそう)とは、国家に功労のあった人の死去に際し、国家の儀式として、国費をもって行われる葬儀のことである。
日本では政治家や軍人のみを対象としている印象があるが、諸外国ではフェデリコ・フェリーニ(イタリア)、アイルトン・セナ(ブラジル)、テレサ・テン(台湾)、マザー・テレサ(インド)、エドモンド・ヒラリー(ニュージーランド)のように、国民的英雄が国葬にされることがある。

◆ 日本における国葬

◇ 戦前
戦前日本では、明治以降、国葬をすべき必要が生じた場合に応じて「特ニ国葬ヲ行フ」とする勅令が個別に発せられていたが、1926年(大正15年)10月21日に国葬令(大正15年勅令第324号)が公布され、国葬についての根拠法令が一般的に整備された。
国葬令によると天皇太皇太后皇太后皇后の喪に服することの儀式(葬儀)については、特に「大喪儀」(たいそうぎ・たいもぎ)と言い、国葬が行われた(下記一覧表には不掲載)。また7歳以上で死去した皇太子皇太孫皇太子妃皇太孫妃、及び摂政たる皇族の葬儀はすべて国葬とされ(ただし明治以降において該当者が死去した例はない)、天皇、皇族以外の国家に功績ある臣下が死去した場合にも天皇の特旨により国葬が行われた。なお、皇族においても特に国家に功労があった者が死去した場合には、通常の皇族の葬儀ではなく特別に臣下同様の国葬が行われた例がある。たとえば戦前最後の国葬となった閑院宮載仁親王など。

◇ 戦後
戦後、国葬令が失効したことにより、それによって規定された国葬はなくなった。戦後、国葬を行った例は1967年に死去した吉田茂のものが唯一である。これは、閣議によって国葬と決し、かつ宗教色を廃して行なわれた。
現在、国家に功績があったとされる政治家の葬儀は、内閣、所属した政党、所属した国会の議院、及び故人の家族ないしはそれらのうちの合同で行うことが多い。
皇族の場合、天皇の葬儀の一部に限って、国の儀式である「大喪の礼」として行われ、その費用が国庫から支出される(皇室典範第25条)。戦後の「大喪の礼」としては、1989年に崩御した昭和天皇の例がある。その他の皇族については、その葬儀の呼称にかかわらず、皇室が主宰する儀式となっており、いわゆる国葬としては取り扱われていない。
戦前・戦後を通じて、普通国葬は首都東京で行われるが、例外的に島津久光の国葬は死去した地である鹿児島で行われた。

◇国葬の例