1771年、
ウェールズ、
モントゴメリーシャーのニュータウンで、馬具や金物を扱っていた家庭に7人兄弟の6番目の子供として生まれた。1799年、
グラスゴーの工場
ニュー・ラナークを経営していた
デイヴィッド・デイルの娘カロラインと結婚、のちニュー・ラナークの共同経営者となった。オウエンは、低所得の労働者階層の実情を目の当たりにし、幼少の子どもの工場労働を止めさせ、性格改良のための幼児の学校を工場に併設。性格形成学院と名づけた。幼児教育の最初の試みで、幼稚園の生みの親といわれる
フリードリヒ・フレーベルよりも先んじて、就学前の子どものための学校を実践。教室での掛け軸の利用など、教育方法にも工夫を凝らした。