1980年にチトーが後継者を定めないまま死去し、ソ連国内においては
ゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおける
チャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国では
スロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)や
フラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・
セルビア共和国では
大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、
アルバニア系住民の多い
コソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して
1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となる。