1941年、ルーズベルト大統領時代のアメリカ合衆国の財務次官補としてハル・ノートの草案作成に携わった。この頃、ソ連の工作員と接触し「スノウ作戦」という工作に関係したとされるビタリー・グリゴリエッチ・パブロフ(元NKVD内務人民委員部対米諜報部副部長)の証言によると、スノウ(snow)作戦(ホワイトの名より)の際、イサク・アブドゥロービッチ・アフメロフ(ソ連スパイ、)がホワイトと接触した後、パブロフはアフメロフの友人としてホワイトに接触、メモを見せた。ホワイトの関与については次のような諸説がある。(1)パブロフの証言からスパイとする説(「日米開戦の引き金 米の『ハル・ノート』―核心部分にソ連工作」『毎日新聞』朝刊1995年11月21-23日、産経新聞「ルーズベルト秘録」取材班『ルーズベルト秘録』 産経新聞ニュースサービス、2001年)(2)パブロフの証言からスパイではなかったとする説(1997年9月にNHKが取材した際の証言、須藤眞志『ハル・ノートを書いた男―日米開戦外交と「雪」作戦』文春新書、1999年)(3)ベノナ文書などの機密文書に依拠する諸説。ベノナ文書とソ連の工作についてはJ.E.Haynes,H.Klehr Venona: Decoding Soviet Espionage in America (Yale University Press, 2000)など参照。。